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『DAU. ナターシャ』

 ソ連人の末裔たちによる狂気の共産趣味的プロジェクト「DAU」。
 ソ連の物理学者レフ・ランダウ(Лев Ландау)を描いた劇映画を撮るべく始められたはずが、どこでそうなったのか、いつしかそれは12,000㎡の巨大なセット、4万着の衣装、1万人のエキストラを動員し、ウクライナ・ハリキウに1950年代のソ連秘密研究都市とそこでの営みを再現する15年の歳月と膨大な資金を投入した、異常なまでのプロジェクトへと肥大化。約2年の間、そこでは衣装から小道具、さらには立ち振る舞いまで当時のルールに従い日常生活や業務、時に人との営みを繰り返す・・・つまりは壮大なリエナクメント・イベントが行われていたのだ!

 そんな究極のセット(環境下)で断続的とはいえ約40ヶ月を掛けて撮影された、35mmフィルム700時間分のフッテージを編集し、十数本の劇映画を作る一大シリーズ「DAU」。
 撮影スタッフも当時の衣装を身につける徹底ぶりなのは無論、オーディションで選ばれた出演者たち(1人を除いて総て素人)は本名のママで仮の経歴を与えられ、セットの中でリエナクメントのルールに従って行動する・・・即ちヴァーチャルな人生を体験しながらカメラの前に立ち、即興で行う演技、立ち振る舞いをフィルムに収められるという、正しく現代アート的な撮影方法だったとか。

 その狂気のシリーズ第一作『DAU.ナターシャ』が日本公開されたので観てきました。
 

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『DAU. ナターシャ』
(DAU. Natasha 2020年 ドイツ・ウクライナ・イギリス・ロシア)

監督/イリヤ・フルジャノフスキー(Илья Хржановский)
   エカテリーナ・エルテリЕкатерина Эртель/Jekaterina Oertel)


 人間の能力を高める謎の実験を繰り返すフランス人科学者リュック・ビジェ(Luc Bigé)のチームと被験者の軍人たちが立ち寄る食堂。そこで若い後輩のウエイトレス・オーリャ(オリガ・シカヴァルナ Ольга Шкабарня)と共に働く中年ウエイトレス・ナターシャ(ナターリヤ・ベレジナヤ Наталья Бережная)の物語。




 壮大なプロジェクト!膨大なフッテージ!!・・・の片鱗を全く感じさせ無い、閉鎖空間と僅かな登場人物で繰り広げられる、人生に悲嘆した女性のドメスティックな物語でビックリ!

 予告編を初めとした宣伝が、良くも悪くもミスリードというか誇大で・・・例えば、街をひとつ作った巨大セット!・・・といっても、12,000㎡って、110m四方程度なんだよな・・・とかね。1万人のエキストラ!・・・と言っても2年間の延べ人数なんじゃない?・・・とかね。良く出来たプロパガンダでした。
 というわけで、キッチュで露骨な共産趣味的な代物を期待すると、肩すかしを食うでしょう。


 感想をネットで眺めると賛否両論の嵐。
 明確なストーリーが無い事もあって、「いったい何を見せられているんだ!?」という声が多数。

 ・・・そりゃ、ナターシャの人生ですよ。

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 食堂からくすねた料理を暴食しても、贅沢品のアルコールを暴飲しても、セックスをしても、寂しさや虚しさ、若さを失った惨めさから逃れられず悪態をついて泣いている中年女性(本人にも問題があるし、だからこそ利用されたんだろうけど・・・男たちにも、秘密警察にも)の・・・物凄い悲しい話だった・・・。
_:(´ཀ`」 ∠):

 もうこのシーン(↓)観ながら、僕も泣いちゃった・・・(涙)。
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 中盤、ナターシャとリュックが酔っ払ってSEXするシーンがあるのですが、これも色々と非難囂々。

 日本版ではボカシが入っているけど、これ本当にやってない?と思ったら、"本番"でした・・・凄いね。
 2人ともプロの俳優じゃないから皮膚も肉も垂れているし、決してフォトジェニックな体つきでは無いのですよ。そんな中高年の生々しい物のSEXを長尺で見せられて「キツい!」という声が多数でしたが・・・そうかぁ?お子ちゃまだな。ふっ。
 まぁ、個人的には・・・あんなに泥酔してたらSEXなんか出来ないよなぁ・・・とか、落ちているコンドームの袋は当時の物なのかな?・・・とか、ナターシャちゃんは痩せすぎだけど、食堂で肉体労働をしている程度には筋肉が付いているし、お尻が可愛い♡・・・とか、結構楽しんで観ていましたけどね。

 逆に「こんなに尺が長い必要があるのか?」とか、「このシーンが意味する所は何だ?」とかいう感想も目にしましたが、感情を処理できないのは分かるけど、みんな必要性とか意味とか考えすぎ。もっと鷹揚に眺めて、素直に感じれば良いのに。"キモイ"でも良いから。観て感じるのが、現代的芸術鑑賞の精神なんじゃないの?

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 まぁ、あえて理由や意味を考えてみれば、これはナターシャの記憶だからでしょ?
 監督が目指すのは、失われたソ連の記憶を取り戻す事。都合良く嫌な記憶を忘れてしまっている人たちに対する批判。つまり、再現されたソ連という空間の中で人々の体験を記録したフッテージ(記憶)を、様々なキャラクターの視点ごとにまとめたシリーズを観る事で、重層的に多角的に、あの時代の本当の姿、記憶を蘇らせよう・・・観客に体験させようとしているのだと思います。
 だから、ナターシャにとっては、あのSEXは刺激的で思い出深く、同時に悲しい記憶だから長尺だし、不愉快でつまらない日常のエピソードは短尺だし、記憶が飛んだ所はシーンも飛んでいるのだと思います。
 あくまでも、僕の解釈ですけどね(今、思いついた)。


 また後半の国家保安省(MGB。後のKGB)による逮捕尋問のシーン・・・特に性的虐待を「酷い!」「人間の尊厳を破壊するシーンだ!」と嘆く声が多数。
 ・・・そうかぁ?もっと酷い描写の映画もあれば、もっと凄惨な証言もあるから・・・むしろ、一寸興奮した♡

 ・・・ああ、そうか・・・狂っているのは俺か!

 尋問官の少佐を演じているヴラジミール・アジッポ(Владимир Ажиппо)が本物の元KGB大佐で、彼の尋問の手順や即興演劇が非常に興味深かったのは確かです。先ずは混乱させて自我を破壊するとか、暴力を振るった後に手のひらを返して優しくするというのは、秘密警察からDV男まで、基本なんだなぁ・・・等々。
 ナターシャの最後の立ち振る舞いを・・・最も非人道的ながら自分に向き合って役割を与えてくれる男に、ある種の愛と充足感を感じてしまったシーンと解釈するか・・・そう振る舞う事で自分の自我を支えているシーンなのか・・・はたまた両方なのか・・・は、解釈が分かれる所だとは思いますが、どのみちアジッポ少佐にとっては、今日もお仕事お疲れ様、という話なんだよなぁ。

 最後まで作品を観ると、冒頭のナターシャとオーリャの「床拭け!」「拭かない!」のやりとりが、初め観た時とは違って見えるというのも、なかなか面白い作りだと思います。記憶や見え方は、いくらでも印象が変わるという意味で。
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 「君の質問に答えたから殺すかって?何故?君を殺すことなんて、いつだって出来るのに?分かっているだろ?」とか、こともなげに答えるのが、ちょぉぉ怖ぇぇぇ・・・。
((((;゜Д゜)))))))

 この撮影後、色々と思う所あって、アジッポ元大佐はアムネスティ・インターナショナルのメンバーになって人権活動を始めたんだとか・・・『ルック・オブ・サイレンス(The Look of Silence 2014年)』みたいなエピソードだなぁ・・・。


 みんなが「不快な映画だ!」という中で、「そうか?」と異議を唱えている私ですが、ひとつだけ生理的に不快だったのが・・・オーリャの笑い方。
 独特なけたたましい声で笑うのね・・・作り笑いっぽい感じで。素なのか、素人臭さを誤魔化す為か、はたまた彼女の置かれた状況に対する狙った演出なのかは分からないけど。笑い声を聞いて、お前が密告者なんじゃない?と思っちゃった。
 それにしても、耳に残る・・・が、それも良し。
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 まぁ、2時間半の上映時間があっという間の緊張感に満ちた作品で、是非、皆さんも観て欲しいな。
 しかし、みんな考えすぎ。色々と重層的な要素はあるけれど、各シーンに理路整然とした意味や理由を求めすぎ。即興の味わいが無くなるじゃん。
 もっとサクッと観て楽しむ作品だと思うけど・・・。


 なお、残りのシリーズは順次劇場公開する予定だったらしいのですが、このコロナ禍のせいで第二作あたりまでしか公開出来ず、現在ネットで配信を始めた様です。
 英語字幕はある様ですが・・・なんとか順次公開して欲しいなぁ・・・日本でも。

 DAU Cinema




 


by redsoldiers | 2021-04-01 18:43 | 映画 | Comments(0)

歴史軍装研究と模型製作の狭間に


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