人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ソ連陸軍の兵下士官用ピロートカ

 ソ連陸軍で長く略帽として用いられた舟形帽ピロートカ(пилотка)。元々は帝政ロシア軍のパイロット帽であった事を、その名前に名残を残している。ソ連労農赤軍に広く用いられる様になったのは、管見では1935年の服装規定からの様で、制帽に代わる略帽として導入された。
 ピロートカは略帽として、普段の勤務時や野外訓練等に着用されるが、鉄兜を被る際にはインナーキャップとして用いられる。通常はピロートカを着用した上から鉄兜を被るのだが、ピロートカをたたんで頭の上に載せて鉄兜を被る例も見受けられる。
 将校用ピロートカは一時期廃止されるが、兵下士官用は(1980年代後半からアフガーンカ用帽子に取って代わられて行くが)ソ連崩壊後まで末永く用いられた。

 ピロートカは時代によって生地や縫製が違い、被った際のシルエットも変わってくるが、その移り変わりに関しては私自身が不勉強である故に、ここでは触れない。1969年規定以降のピロートカの形状について言及する。

 ピロートカは基本的に軍服とそろいの生地で作られる故に、ひとえに木綿製だけでも多様な生地製品が存在するが、基本的に兵下士官用は「木綿製」「ウール製」の2種類に分けられる。
 下の画像は1969年型常勤・野外服の木綿(3303生地)製ピロートカ(奥)とウール製ピロートカ(手前)。
ソ連陸軍の兵下士官用ピロートカ_a0193363_11080239.jpg

 外見からは生地の違い以外は無い様に思われるが、折り返しをめくってみると、その縫製の違いが分かる。
 木綿製(右)は全てが共生地で、折り返しも裏地がある。一方で、ウール製(左)は折り返しに裏地は無く、帽体には綿フランネルの裏地が当てられている。
ソ連陸軍の兵下士官用ピロートカ_a0193363_13485415.jpg


 ピロートカには略帽用帽章を取り付け、右側に少し傾げて、下端が眉の2~4cmに来る様に被る様に定められた。
 脱ぐ際は、帽章を前方に向け、上端を左手で持つ様に定められていたが、両手を空けたい時はベルトに挟んでいた様だ。
 また、直ぐに制服を縫い繕える様に、ピロートカの折り返しで隠れる帽体部分には、白い糸を通した針とカーキ色の糸を通した針を刺して携帯していた。


 ピロートカを被ると自然と上部のヒダが開くのだが、これをなるべく閉じて被る事が、ある時期に兵士達の間で流行した様だ(注01)。
 より真一文字に閉じた状態にする為に、兵士達は自身のピロートカを改造する事もあった。方法としては帽体内側の縁革を取り外し、折りを深くし外側の折り返し部分の背を高くする。こうして内外のヒダの高さをそろえるか、逆転させてしまう。

 既製の状態(奥)と、筆者が再現の為に改造した物(手前)。ヒダ上端の高さに注目。
ソ連陸軍の兵下士官用ピロートカ_a0193363_11082469.jpg

 内側の縁革を取り外したのが分かるだろうか。
ソ連陸軍の兵下士官用ピロートカ_a0193363_13490447.jpg

 改造したピロートカ(左)を被ると、下の画像の様にヒダが閉じた状態に出来る。中には折り返しで帽体が隠れてしまい、真一文字の割れ目にしか見えない様な物も散見される。
 正面の帽章も曲げている事に注意。
ソ連陸軍の兵下士官用ピロートカ_a0193363_13491231.jpg

 兵士達の間では、ピロートカを隠語として女性器の名前で呼んでいたと言い、何を目指していたのかが分かるというものだ。


 注01:上野智史『普段着としての「ハベー」~1980年代を中心としたソ連軍徴集兵の軍装~』(ルドヴィカ・ミリタリア・アカデミア 2001年)
 
 ※画像はクリックするとピクセル等倍表示されます。
 
 

by redsoldiers | 2018-05-05 13:46 | 軍装 | Comments(0)

歴史軍装研究と模型製作の狭間に


by redsoldiers
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28