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小説『エマニエル夫人』

 先日、“エマニエル・チクルス”と称して、映画『エマニエル夫人(Emmanuelle 1974年 フランス)』から始まる劇場版エマニエル・シリーズ全7本を一気観した事を記した。
 なかなか過酷な体験ではあったが、大いに満足した。

 しかしながら、劇場版を観ておきながら、オリジンである原作小説を読んでいないというのは片手落ちではあるまいか・・・という(余計な)疑念がわき起こり、原作にも目を通してみた。
 これまた過酷な体験であった。

エマニエル夫人 (二見文庫)

エマニエル アルサン / 二見書房



『エマニエル夫人』
(原書:“Emmanuelle, New Version” 1988年)

著/エマニエル・アルサン(Emmanuelle Arsan)
訳/安倍達文

二見書房 2006年
ISBN4-576-06131-3


 小説『エマニエル夫人』は、ポルノ文学にありがちの作者不明の小説として1959年に出版された。
 著者エマニエル・アルサンの名前がクレジットされて出版されたのは1967年版からだったが、これまたポルノ文学にありがちの偽名であった。しかし、内容もさる事ながら、男性文学の世界であったポルノ小説の作者が女性であった事は、センセーショナルであり、エポックメイキングな出来事として記憶された・・・が、これまた裏があったのだ。

 エマニエル・アルサンことマラヤ・ロレ=アンドリアン(Marayat Rollet-Andriane)は1932年にバンコクで生まれたタイ人で、16歳の時にスイスでフランスの外交官ルイ=ジャック・ロレ=アンドリアン(Louis-Jacques Rollet-Andriane)と出会い、24歳の時に結婚している。夫と共にタイや欧州を行き来しながら、2005年に大病の末にフランスで無くなるまで、女優・脚本家・文筆家として活躍する。

 女性が書いた自伝的小説というポルノに人々は驚くと同時に、出版当時若干27歳のタイ人女性が、西洋の古典を織り交ぜた表現豊かなフランス語小説を書けるものだろうかと、当初より夫のルイ=ジャックこそがエマニエル・アルサンの正体なのでは・・・という疑惑が囁かれていた。
 後に、この疑惑は正しく、エマニエル・アルサンの正体は夫のルイ=ジャックである事が明らかになる。
 もっともマラヤは小学校卒業後は、スイスの教育施設で英仏2カ国語の教育を受けており、技術的には執筆は可能であったろうと思う。それよりも、当時のフランス人には分からないだろうが、アジア人ならしないであろう表現でアジア人や文化を表現する箇所が散見されるので、やはり夫の筆によるものだろうな・・・と思わせる。


 小説の物語は映画版とほぼ同じ。バンコクに赴任した外交官の夫の元に旅立った新妻エマニエルの奔放な性活動と、愛の探求者マリオとの出会いを描いている。
 小説のストーリーを整理し、時に膨らませ、当時の庶民が映画に求める娯楽要素(普段の生活の中で体験できない極上のエロ、ハイソな生活、外国観光)を詰め合わせ、尚かつ女性も楽しめるオシャレ・ポルノに仕立て上げた第1作目は、素晴らしい仕事をしているなぁ・・・と実感出来る。
 同時に、第2作目は、残ったアイディアとキャラクター(の残りかす)を寄せ集めて膨らませた作品なんだなぁ・・・と、感じる事が出来る。

 勿論、小説と映画は違う物なので、キャラクター描写や展開に変更はつきものだが、特に二つの点で大きな差異がある。

 一つ目はキャラクターの年齢が映画と比べると、原作の方が若いという事だ。
 分かる範囲で出演俳優の公開当時の年齢(左)と小説の中での年齢(右)とを比較列記してみると、エマニエル(22歳/19歳)、マリオ(66歳/38歳)、マリー・アンヌ(18歳/13歳)、ビー(31歳/25歳8ヶ月)、アリアンヌ(36歳/26歳)となる。
 ついでながらエマニエルの外観も随分と違う。ヒロインを演じたシルヴィア・クリステル(Sylvia Kristel)は、痩せて胸も小さく、茶色い髪を短く切ったボーイッシュなイメージだが、小説の中のエマニエルは豊で形の良い乳房を持ち、黒く美しい髪が背中を隠すほど長く、エロティックな雰囲気の女性として描写される。

 二つ目は、映画では小説の中盤で繰り広げられるマリオとエマニエルの対話を、ゴッソリと削っている点だ。
 映画版では、性的不能者かゲイである事を暗示させる老人のマリオだが、原作では性的魅力を放つ中年イタリア人のゲイとして登場する。
 このマリオが、物語り後半でエマニエルを未だ見ぬ性の深淵へとエスコートするのは同じなのだが、原作ではバンコクの場末を連れ回す前に自宅にエマニエルを招き、対話という形で“art”を“sex”に言い換えた様な文化論を、古典哲学や文化人類学のウンチクを混ぜ込みながら、延々と繰り広げるのだ。110ページも!(しかもその後も油断すると、性論を語ったり、詩を吟じたり、止まらないマリオ)
 性革命以前の抑圧的なキリスト教的社会に対する憤りや、アジアにおける性文化に対する無邪気なエキゾチズムなど、1950年代のリベラルな欧米人の心を捕らえたのかも知れないが、21世紀のアジア人に取ってみたら、かなりどうでも良い内容だ。
 そもそも、お好きな人には堪らないのだろうが、京極夏彦の小説における京極堂のウンチク語りと同様に、こういう独白は中二病っぽいね・・・としか思えない。
 つまりは、38歳の中二病患者のsex哲学を読まされるのだ!110ページも!!
 映画版、削って正解(涙)。


 物語の肝になる後半部分は「辛かった。」の一言だが、前半部分は翻訳の良さもあって、美しいポルノ文学として楽しめると思う。
 国際線ファーストクラスの客室乗務員って大変だな・・・とも。とりあえず、シート汚すなよ・・・。

 因みに、小説にも続編が結構ある事が判明・・・読まなきゃイケないのか・・・!?。
 
 
 「エマニエル・チクルス」
 「エマニエル・チクルス」第一夜 『エマニエル夫人』
 「エマニエル・チクルス」第二夜 『続・エマニエル夫人』
 「エマニエル・チクルス」第三夜 『さよならエマニエル夫人』
 「エマニエル・チクルス」第四夜 『エマニュエル』
 「エマニエル・チクルス」第五夜 『エマニエル ハーレムの熱い夜』
 「エマニエル・チクルス」第六夜 『エマニエル カリブの熱い夜』
 「エマニエル・チクルス」第七夜 『エマニエル パリの熱い夜』
 
 
by redsoldiers | 2016-12-10 18:21 | 書籍 | Comments(0)

歴史軍装研究と模型製作の狭間に


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