テオフィル・ゴーチエ 『死霊の恋・ポンペイ夜話 他三編』
2017年 05月 03日
先日、上野の国立西洋美術館で開催されているフランス・ロマン主義の異才テオドール・シャセリオー(Théodore Chassériau)の展示会に足を運んだ。
シャセリオー展―19世紀フランス・ロマン主義の異才
展示作品の中に、彼が旅先のポンペイ遺跡をスケッチした「左手に階段のある壁」という作品があったのだが、その作品解説の中で“乳房の押し型”なる物が言及されていた。
それはポンペイの遺跡から発掘された溶岩(もしくは火山灰)が固まって出来た人型の一つで、ピナツボ火山の噴火で亡くなった女性の乳房と脇腹がかたどられていたという。ナポリのストゥーディ博物館(現・国立考古学博物館)に展示保管されていたそうだが、戦争の混乱の中、失われてしまったのだそうだ。
この“乳房の押し型”にインスピレーションを受けて、同時代(19世紀)フランスの作家ゴーチエが「ポンペイ夜話」なる幻想譚を書いたという事も、トリビアとして解説文に書かれていた。
非常に気になったので帰宅後に調べてみると、岩波文庫の短編集に収められていたので購読してみた。だって気になるじゃん。言うなれば“古代のパイ拓”をモチーフに、どんなロマン主義的幻想譚を書いたのか、気になるじゃん!
『死霊の恋・ポンペイ夜話 他三編』(岩波文庫 赤 574-1)
著/テオフィル・ゴーチエ(Théophile Gautier)
訳/田辺貞之助
岩波書店 1982年
早速読んでみると、なるほどトンチキな話でした!
(以下、ネタバレあり)
友人二人と連れだってイタリア旅行に赴いたオクタヴィヤン青年。彼は現実の女性には、あれこれ文句を付けて興味を持てず、自身のロマンティックが止まらない欲望を、触れる事の出来ない歴史上や芸術作品の理想化された美女に思いをはせる事で満たそうとし・・・在る時には、ミロのヴィーナス像に「私を抱きしめられる様に、誰か貴方に腕を返してあげることは出来ないか・・・。」と溜息を漏らしてみたり、ローマの墳墓から発掘された髪の毛に欲情し、それを二三本盗んで、巫女の神通力で持ち主を呼び出そうと試みたり・・・と、病が深い若者だった。
そんなオクタヴィヤン青年が、ナポリの博物館でパイ拓・・・じゃなくて“乳房の押し型”を目にすれば、心を奪われるのは必然。その脚でポンペイ遺跡に赴き、“乳房の押し型”が発掘された屋敷跡に立てば、乳房の持ち荷主に思いをはせ、人目を忍んでハラハラと涙を流す始末・・・。
その晩、眠れぬオクタヴィヤン青年が遺跡をそぞろ歩くと、なんと眼前に滅びたはずのポンペイの街並みと住民が現れる。驚愕と歓喜に沸く青年を群衆の中から誘うのは、裕福な商人の娘アッリア・マルチェッラ・・・正に乳房の持ち主であった。
彼女の誘いのまま屋敷を訪れると、熱烈に青年を求めるアッリア嬢。熱い美麗句と抱擁で互いを求めあう二人・・・「ああ!アッリア!アッリア!」・・・感極まり、いざ事に及ぼうとした・・・その瞬間・・・!。
童貞をこじらせた中二病の青年が、旅先で時空を越えた恋をし、非現実世界で念願叶って行為に及ぼうとしたら最後まで出来なくて、夢から覚めたら、尚の事、空しくて心が折れた・・・というお話でした。
その他、世を知らず女も知らず人生を神に捧げていた青年僧が、大聖堂で目が合った女吸血鬼に魂を奪われてしまう「死霊の恋」。ウィーンの新進気鋭の俳優が悪魔の役を演じていたら、本物の悪魔が現れて怒られた「二人一役」。知人の屋敷を訪れた青年が、部屋で百鬼夜行に出会って失恋する「コーピー沸かし」。自意識過剰で自家中毒気味の芸術家が、自身の自意識が悪魔となって己を苦しめる「オニュフリウス」。
・・・等々、中二病な主人公達の織りなす、童貞臭香る・・・正にロマン派とでも言うべき幻想譚5編が納められております。
なかなか面白いなゴーチエ・・・。
シャセリオー展―19世紀フランス・ロマン主義の異才
展示作品の中に、彼が旅先のポンペイ遺跡をスケッチした「左手に階段のある壁」という作品があったのだが、その作品解説の中で“乳房の押し型”なる物が言及されていた。
それはポンペイの遺跡から発掘された溶岩(もしくは火山灰)が固まって出来た人型の一つで、ピナツボ火山の噴火で亡くなった女性の乳房と脇腹がかたどられていたという。ナポリのストゥーディ博物館(現・国立考古学博物館)に展示保管されていたそうだが、戦争の混乱の中、失われてしまったのだそうだ。
この“乳房の押し型”にインスピレーションを受けて、同時代(19世紀)フランスの作家ゴーチエが「ポンペイ夜話」なる幻想譚を書いたという事も、トリビアとして解説文に書かれていた。
非常に気になったので帰宅後に調べてみると、岩波文庫の短編集に収められていたので購読してみた。だって気になるじゃん。言うなれば“古代のパイ拓”をモチーフに、どんなロマン主義的幻想譚を書いたのか、気になるじゃん!
『死霊の恋・ポンペイ夜話 他三編』(岩波文庫 赤 574-1)
著/テオフィル・ゴーチエ(Théophile Gautier)
訳/田辺貞之助
岩波書店 1982年
早速読んでみると、なるほどトンチキな話でした!
(以下、ネタバレあり)
友人二人と連れだってイタリア旅行に赴いたオクタヴィヤン青年。彼は現実の女性には、あれこれ文句を付けて興味を持てず、自身のロマンティックが止まらない欲望を、触れる事の出来ない歴史上や芸術作品の理想化された美女に思いをはせる事で満たそうとし・・・在る時には、ミロのヴィーナス像に「私を抱きしめられる様に、誰か貴方に腕を返してあげることは出来ないか・・・。」と溜息を漏らしてみたり、ローマの墳墓から発掘された髪の毛に欲情し、それを二三本盗んで、巫女の神通力で持ち主を呼び出そうと試みたり・・・と、病が深い若者だった。
そんなオクタヴィヤン青年が、ナポリの博物館でパイ拓・・・じゃなくて“乳房の押し型”を目にすれば、心を奪われるのは必然。その脚でポンペイ遺跡に赴き、“乳房の押し型”が発掘された屋敷跡に立てば、乳房の持ち荷主に思いをはせ、人目を忍んでハラハラと涙を流す始末・・・。
その晩、眠れぬオクタヴィヤン青年が遺跡をそぞろ歩くと、なんと眼前に滅びたはずのポンペイの街並みと住民が現れる。驚愕と歓喜に沸く青年を群衆の中から誘うのは、裕福な商人の娘アッリア・マルチェッラ・・・正に乳房の持ち主であった。
彼女の誘いのまま屋敷を訪れると、熱烈に青年を求めるアッリア嬢。熱い美麗句と抱擁で互いを求めあう二人・・・「ああ!アッリア!アッリア!」・・・感極まり、いざ事に及ぼうとした・・・その瞬間・・・!。
童貞をこじらせた中二病の青年が、旅先で時空を越えた恋をし、非現実世界で念願叶って行為に及ぼうとしたら最後まで出来なくて、夢から覚めたら、尚の事、空しくて心が折れた・・・というお話でした。
その他、世を知らず女も知らず人生を神に捧げていた青年僧が、大聖堂で目が合った女吸血鬼に魂を奪われてしまう「死霊の恋」。ウィーンの新進気鋭の俳優が悪魔の役を演じていたら、本物の悪魔が現れて怒られた「二人一役」。知人の屋敷を訪れた青年が、部屋で百鬼夜行に出会って失恋する「コーピー沸かし」。自意識過剰で自家中毒気味の芸術家が、自身の自意識が悪魔となって己を苦しめる「オニュフリウス」。
・・・等々、中二病な主人公達の織りなす、童貞臭香る・・・正にロマン派とでも言うべき幻想譚5編が納められております。
なかなか面白いなゴーチエ・・・。
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desire_san at 2017-05-18 18:50
こんにちは、
私も「シャセリオー展」を見てきましたので、ブログを興味深く読ませていただきました。『死霊の恋・ポンペイ夜話』の本のことはこの方面の知識が軟化ったので、大変勉強になりました。
シャセリオーは、アングルの愛弟子だったこともあり、絵を描く技量が非常に高く、色彩もよく調和していて、たくさんの美しい作品が印象に残りました。特に女性の顔の表現が美しく、肉体の表現も含めて魅力を肌で感ずることができました。
私も自分なりにシャセリオーの作品の魅力を読み解いてみました。またアングルとなぜ決別したのか? 絵画・美術におれるロマン主義とは何なのか?本質的な違いを考察してみました。読んでいただけると嬉しいです。内容に対してご意見・ご感想などコメントをいただけると感謝いたします。
私も「シャセリオー展」を見てきましたので、ブログを興味深く読ませていただきました。『死霊の恋・ポンペイ夜話』の本のことはこの方面の知識が軟化ったので、大変勉強になりました。
シャセリオーは、アングルの愛弟子だったこともあり、絵を描く技量が非常に高く、色彩もよく調和していて、たくさんの美しい作品が印象に残りました。特に女性の顔の表現が美しく、肉体の表現も含めて魅力を肌で感ずることができました。
私も自分なりにシャセリオーの作品の魅力を読み解いてみました。またアングルとなぜ決別したのか? 絵画・美術におれるロマン主義とは何なのか?本質的な違いを考察してみました。読んでいただけると嬉しいです。内容に対してご意見・ご感想などコメントをいただけると感謝いたします。
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redsoldiers at 2017-05-19 01:33
ブログ拝読しました。
私は絵画史の知識は皆無でして、あくまでもモデラー目線で色の表現や描写の方法のイメージをつかめたらなぁ・・・程度で、展示会に足を運んでおりますので、真面目に絵画と向き合ってはいないので、コメントに恐縮してしまいます。
(>_<;)
絵画にしろ、文学にしろ、はたまた音楽にしろ、「ロマン主義」って“いい年して童貞をこじらせた中二病男子”的な代物なんだなぁ・・・と思っております。そのくせ、そんな所がモテて、ちゃっかりやる事はやっている辺り、"みうらじゅん"こそ日本のロマン派だな・・・と、このG.W.に総括してみたりして。
もう一寸オタク臭がしてくると「象徴主義」だな・・・とか、勝手に思って楽しんでおります。
私は絵画史の知識は皆無でして、あくまでもモデラー目線で色の表現や描写の方法のイメージをつかめたらなぁ・・・程度で、展示会に足を運んでおりますので、真面目に絵画と向き合ってはいないので、コメントに恐縮してしまいます。
(>_<;)
絵画にしろ、文学にしろ、はたまた音楽にしろ、「ロマン主義」って“いい年して童貞をこじらせた中二病男子”的な代物なんだなぁ・・・と思っております。そのくせ、そんな所がモテて、ちゃっかりやる事はやっている辺り、"みうらじゅん"こそ日本のロマン派だな・・・と、このG.W.に総括してみたりして。
もう一寸オタク臭がしてくると「象徴主義」だな・・・とか、勝手に思って楽しんでおります。
by redsoldiers
| 2017-05-03 19:40
| 書籍
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