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『ナチュラルウーマン』

 先日の米国・アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した『ナチュラルウーマン』。授賞式の少し前に観てきました。
 今年のアカデミー賞は、作品賞に象徴される様に「多様性の尊重」「ボーダレス」「女性の権利向上」などが声高に叫ばれた回でしたので、この作品の受賞もその流れに乗ったものとは思いますが、内容はそう単純じゃ無いんだよ。




『ナチュラルウーマン』

 原題:Una Mujer Fantástica
 英題:A Fantastic Woman

 2017年 チリ・アメリカ・ドイツ・スペイン

 監督/セバスティアン・レリオ(Sebastián Lelio)
 脚本/セバスティアン・レリオ
    ゴンサロ・マサ(Gonzalo Maza)

 主演/ダニエラ・ヴェガ(Daniela Vega)


 年の離れた恋人オルランドと暮らす歌手のマリーナ。二人で彼女の誕生日を祝ったその夜、体調の不良を訴えたオルランドは、あっけなく搬送先の病院で亡くなってしまう。
 悲しみに打ちひしがれるマリーナに追い打ちをかける様に、オルランドの体にあったキズから警察に事件性を疑われ、女性への性別変更手続中で入籍していなかったが故に、オルランド名義だった自動車から住んでいたアパート、愛犬まで、全ての物を彼の元妻と子供達に取り上げられ、葬儀への参列も遺族から拒絶される・・・。
 トランスジェンダーが故に受ける差別や屈辱的な仕打ち・・・逆風の中、悲しみと悔しさから身も心もボロボロに成りながらも、新たなページをめくろうと奮闘するマリーナを描く。


 ヒロインを演じるのは、自身もトランスジェンダーで、歌手/女優として活動していたダニエラ・ヴェガ。当初は脚本作りに際してトランスジェンダーとしての経験をセバスティアン・レリオ監督に提供していただけでしたが、ここまで彼女の話を取り入れたのなら彼女自身に演じて貰うのが良いのでは・・・という監督の希望で、ヒロインを演じる事になったとか。
 体当たりの演技とは正にこの事で、ヴェガは自身の裸体をも曝し、監督の演出は、観客の持つトランスジェンダーの身体への好奇心を逆手に取ってすらいる様に思えました。特に終盤でのサウナのシーンでは、男女の世界を行き来出来る自由さと、どちらにも身の置き場の無い寄る辺の無さを、彼女の肉体を通して表現しており、そのシーンのサスペンス性と相まって、耐えがたい程の緊張感でした。

 決して単純で分かりやすいストーリー展開だったり、大きなカタルシスがあるラストだったりするわけじゃないけど、激しく心を動かされました。映画を観ていて、顔がカァーっと熱くなるなんて久しぶりですよ。

 今年観た映画の中では『パディントン2(Paddington 2 イギリス・フランス 2017年)』(過去記事)と並んで、ベストです。



 ただ気をつけなければいけないのは、差別の中で強く生きようとするトランスジェンダーのヒロインの物語りであり、観客の我々はヒロインに感情移入する余りに、彼女に辛く当たる人々や普通の女性として扱わない人々に、理不尽さや怒りを感じるでしょう。しかし、話はそう簡単では無いし、登場人物も単純で一面的な人々や行動では無い。もし単純な視点で観てしまえば、それはベクトルを逆にしただけで、我々観客自身も差別する側に回ってしまうのだと思います。
 例えば、ヴェガ演じるヒロインは魅力的だと思いますが、これがもっと男性よりの容姿であったり、醜女であったらどうでしょうか?頬にキスをされて思わずぬぐったりしない自信があると、誰しも言えるでしょうか?
 彼女に屈辱的な言葉を浴びせたり、時に暴力的に振る舞うオルランドの遺族を、無分別で理不尽な行いをする人々と怒りを感じるでしょう。でも、彼らは分別の無い家族ではありません。経済的にも社会的にも恵まれ、30年以上も何事もなく幸せに暮らしていたハズなのに、ある日、夫が父親が、家族を捨てて20代の恋人と暮らし始めたら、しかもその相手が自分たちの理解の範囲を超えた存在だったら・・・その立ち振る舞いはスマートとは言いがたいものの、安易に唾を吐けるものでしょうか。
 ヒロインを聴取に来る婦人警官は「仕事柄、貴方の様な存在は良く分かっている。」と声をかけてきますが、決してヒロイン個人を理解したり、寄り添ったりする事はありません。でも、あの警察の中で、ヒロインを女性として扱っているのは、彼女だけなのも事実です。たとえそれが職務に忠実なだけであっても。

 ヒロインが、それら全てを理解した上で、あらがい、消化し、高みへと歩んでいく姿を描く物語は、美しいです。
 ヒロイン演じるヴェガがインタビュー(日本経済新聞夕刊2018年2月5日付)」で、「人間は一人ひとり違う。多様性こそが人間の豊かさだ。それをよしとしない人がいるのは確かだが、みなが違うことがわかれば、心の中は自由でいられる」と述べています。しかしだからといって、誰しもが自由な心で生きられるものではありません。だからこそ、続けて述べている「多様性ある社会に必要なのは法の下の平等だ。」という言葉は重要だと思うのです。




by redsoldiers | 2018-03-18 19:33 | 映画 | Comments(0)

歴史軍装研究と模型製作の狭間に


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