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『おっぱいとトラクター』

前回紹介した『トラクターの世界史』で触れたユーモア小説『おっぱいとトラクター』。

おっぱいとトラクター (集英社文庫)

マリーナ・レヴィツカ/集英社

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『おっぱいとトラクター』(原題:A Short History of Tractors in Ukrainian /2005年)

著/マリーナ・レヴィツカ(Marina Lewycka)
訳/青木純子

集英社 2010年
ISBN978-4-08-760609-6


 二年前に亡くなった母親の遺産を巡って、姉(59歳)と火花を散らすナジェジュダ(49歳)に降って湧いた災難は、残された父親(84歳)が再婚すると言い出したこと。その相手は36歳と年の離れたウクライナ人介護ヘルパーのヴァレンチナ。バツイチ子持、そしてオーバーステイ。豊満な胸とお尻、けばけばしい化粧で父親をたぶらかし、金とビザを手に入れようとしているに違いない!ヴァレンチナを追い出すべく、頑固でワガママ、無軌道な父親を相手に七転八倒・・・

というお話。
 合間合間にトラクター技師であった父親が執筆している論文『ウクライナ語版トラクター小史』が挟み込まれており、それが原題に使われている。
 主人公は降って湧いたトラブルを切っ掛けに家族と向き合う事で、年老いた父親はトラクター小史を綴る事で、ウクライナ移民である自分たちの歴史や文化、ルーツを振り返り見つめ直す物語となっている。そしてエピソードの多くが、作者と家族の体験を下敷きにしている為、言うなれば脚色された自叙伝でもある。

 また、これはイギリスの移民政策の話でもある。物語を通じて、彼らの心理や置かれた境遇をつまびらかにしてくれる。
 作者自身移民であり、同時に移民と関わる仕事に就いていたという事から、現在の移民や難民の置かれた境遇についてもっと多くの人に知って貰いたい、という思いを形にしたそうだ。ただ、真面目な移民政策の文章を書いた所で誰も読んでくれないだろうから、ユーモアを散りばめた小説の形にした・・・とインタビューで述べていた(その記事が消えちゃって、裏覚えで書いて申し訳ないんだが)。

 タイトルも印象的だが、「シリアスなテーマを、ユーモアに満ちた軽快なコメディに仕立て、世界中でベストセラーに!」と新聞の書評などでも紹介されたので手に取ったのだが・・・外国のコメディは難しいとは言え、もう切なくて切なくて・・・涙はこぼれても、笑いは露一つこぼれなかった・・・。一見、滑稽に見えるシーンであっても、その状況を考えると悲しいとか切ないとしか思えないのだ。
 また、無教養で英語がつたないヴァレンチナの台詞が「ウォッカやっか?」「モダン料理こさえる、田舎料理ダメダメね。」といった表現で続き、「クソッタレ」「ケチンボ」「チンポコ」「ふにゃチン」といった子供じみた言葉を連呼したりするのだが、これが読んでいて結構辛い。・・・この彼女のつたなく下品な台詞のやりとりを笑う所だとすると・・・自分の言葉を美しく話す努力をしないのは恥ずべき事だけども、自分の物では無かった言語を使っているつたなさを笑うのは、もっと恥ずべき事だ・・・と思うので、不愉快な気持ちしか残らない。全体的に登場人物の台詞や主人公のモノローグの語感が鼻について辛いので、翻訳の問題も大きいとは思う。

 コメディだと思うと笑えないのだが(個人的感想)、歴史に翻弄された新旧ウクライナ移民の家族の物語りを借りてイギリスにおける移民と彼らが置かれた状況にスポットライトを当てた本としては、学ぶべき点は多い。


 ・・・そういえば、トラクターとコメディと聞くと『バカが戦車(タンク)でやって来る(監督/山田洋次 日本 1964年)』を思い出すんだが、あれも切ないだけで全く笑えなかったなぁ・・・。
 
 

by redsoldiers | 2017-12-08 13:21 | 書籍 | Comments(0)

歴史軍装研究と模型製作の狭間に


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