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クイックシェイド(2)

 釈尊在世の砌、木蘭という微細第一と呼ばれた弟子がいた。
 ある日、木蘭が深く瞑想に耽っていると、一人の女が現れた。女は樹梨と言い、小さな人形を手にしていた。人形は西域から伝来した卓上遊戯に使う物で、これをいくつも色を塗って遊ぶのだという。
 女は「たまたま、この遊具を手に入れたのだが、周りに共に遊ぶ人が居ない。遊び方も心もとないのだ。どうだろう、私が遊ぶ手伝いをしてくれないだろうか?」と木蘭に懇願した。
 木蘭は女を不憫に思い、「よいだろう。わけない事だ。」と返答した。
 女は木蘭に人形をいくつか手渡し、「お前が使う分だ。梅の花が咲く頃にまた来よう。その時までに、これに全て色を塗っておいておくれ。」と告げて立ち去った。

 木蘭は、女に言われた通り、筆で色を塗り始めた。
 しかしどうだろう!?いくら塗っても塗っても、塗り終わらないのだ。
 そこで木蘭は気がついた。あの女は悪魔で、これは罠であった事を。

 やがて梅の花が散る頃に、女が再び現れた。
 「約束通り全て塗り終わったかね?ああ、塗れていないではないか。ならば、お前を喰ってしまおう。」
 木蘭は驚愕し、嘆いた。すると、そんな木蘭を哀れに思ったのか、「では、桜の花が咲いた頃に、又来よう。その時までに塗れていなければ、お前を喰ってしまうぞ。」と言い残して、女は去って行った。

 しかしやはり桜の花が散っても、人形を塗り終わる事は出来無かった。怯える木蘭の前に再び女が現れた。
 いよいよ今生とも別れか・・・と覚悟したが、女はかろうじて塗れていた人形を見て、「悪くない色だ。なるほど、ここまで待って、今喰ってしまうのもつまらない。・・・では、牡丹の花が咲く頃に又来よう。しかし次は来た時に塗り終わっていなければ、今度こそお前を喰ってしまおう。」と言い残して去って行った。

 木蘭は女が去ると、いよいよ私は死ぬのか・・・と泣きながら、ついに釈尊に救いを求めた。
 「ああ、偉大なる方よ。尊き方よ。悟られし方よ。お救い下さい。私は死を恐れません。されど修行の身なれば、道半ばで世を去らねばならないのは、無念でなりません。」
 すると釈尊は言われた。「木蘭よ。微細を気にする者よ。ならば延命の法を授けよう。」と。

 木蘭は釈尊のもとを辞すると、教えの通り次の様な呪を唱えた。

 「オーン。金剛なる塗膜よ。速やかなる陰影よ。クイックシェイドよ。我、汝に帰依せん。」

 そして人差し指で一度、カチッと招いた。

 ・・・やがて夜が開けると、どうであろうか。枕元に黒い液体が涌き出しているではないか。
 木蘭は喜び勇んで人形をその液体につけると、たちまちに人形の呪いは解け、速やかに色を塗る事が出来た。

 さて、約束通り牡丹の花が咲く頃に、女は現れた。女は色づいた人形に驚愕し、そして深く仏教に帰依して、ついには仏法僧の三宝を守護する神となったという。
 木蘭は、その後、無事に天寿を全うし、正道得解した。

 これがクイックシェイドの起源である。


 『口語訳 金剛般若即陰影経』(民明書房刊)
Commented by 鬼子母神樹梨 at 2013-05-15 13:51 x
素晴らしい説法ですね!これは是非絵本にして子供達にも読み聞かせたいで〜す。(追記 鬼子母神樹梨とは…500体以上もの小さな人形を持っていながらも、まだ人様に人形を塗らせたがったため、御釈迦様に罰として強度の眼精疲労を与えられ、たくさん塗る事の辛さを教えられ、後に反省して人形とゲームの守護神となった)
Commented by 木蘭(赤いお母さん) at 2013-05-16 11:53 x
訶梨帝母よ。疾風の如く人形を塗る者よ。飽くなく手を広げる者よ。
愛する子供が500人いようとも、たった1人の子供を隠されただけで狼狽した鬼母の様に。
たわわになる柘榴の実を、一粒一粒つまみ味わい食する様に。
一体の人形を慈しみなさい。時間を掛けて塗りなさい。
さすれば餓えと乾きは癒されるであろう。
by redsoldiers | 2013-05-15 07:00 | 道具/技法 | Comments(2)

歴史軍装研究と模型製作の狭間に


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